三合目の松:伊吹山6 ― 2022年07月01日
突然やってきた 強烈な夏
茨木市の水尾保育園では芭蕉が小バナナの実をつけ
ぶどうがたわわにぶら下がり
京都市のみつばち保育園では熟した山桃がボトボト落果し
そして 伊吹山の三合目ではユウスゲが咲き始めました
夕方から咲き始め 朝には萎む一夜花です
『高貴』 その色は深く 神々しささえ感じます
願はくは花のもとにて ・…
地を這い くねる幹
何度倒されても立ち上がり生きる
三合目の松たちの美しいすがたです
さて下界では 参院選です
先人たちが命がけで勝ち取った選挙権を
冷静に まずは行使しましょう
お金持ちだけは より金持ちになりました
お隣や周辺国とは不仲になりました
物価高に30年据置の低賃金 「先進国」最貧の現実と無策
アベノミクス以降 経済や外交の明らかな失策は
話し合おうともせずにロシアに危険な遠吠えを続ける
現政権に引き継がれています
「大きな和の国」日本は平和憲法を盾に独自の外交ができるはず
それが 国民を代表する政治家としての本来の仕事
三合目の登山道
戦闘服姿のコワそうな街宣車だけでなく
勝共連合(=統一教会) 神道政治連盟や日本会議といった
右翼団体に共通の十八番だったのは
反LGBT 夫婦別姓や性教育を潰した戦前回帰の家父長制
そして 戦争をするための「憲法改正」
大きく右旋回を始めた安倍内閣以降
それがまるで国の課題であるかのような
世論誘導に加担したのは
NHKをはじめとする 臆病な政権寄りの全メディアと
歯止めにならない公明党の現実
『絶対安全』でも都会を避け過疎地に作り続けた「原発」
どんな大事故を起こしても実際誰も責任は問われないし
裁判官も左遷と出世(最高裁)で手は回してあるから
老朽化など気にせず再稼働に邁進ということでしょうか
若狭の原発銀座から30k圏内にある琵琶湖を水源として
暮らす人々は 1,450万人います
そして原発は 核武装にも必要な軍事的拠点であることを
真っ先に攻撃占拠しようとしたロシアは教えています
「責任」という言葉は私腹の為に羽毛より軽くなり
「丁寧な説明」 と「しっかりとやっていく」 は
口癖あるいは業界用語で 意味は何もしないということ
( 始祖は安倍晋三氏 以降政権与党内で普遍化 )
ふらつく立憲民主党は残念ですが
独立心を持った ぶれない本物の野党と呼べるのはもう
共産 れいわ 社民 の3つしか残っていません
三島池より
2022年 長い夏の始まりです
美しい地球の 光る風といのちの素晴らしさを
子どもたちに伝えたい
暑中お見舞い 申し上げます
雪の朝 ― 2021年12月27日
変える 変わる : 園庭二題 ― 2021年04月01日
〉〉〉 風化した遺跡と音羽の滝
再び 西京区のみつばち保育園にやって来ました
これは 小さい子用の洗い場
ヒノキをふんだんに使った木造園舎に
似合わないブロック塀のような洗い場は
足場が狭くて使いにくい上 死角も多く
ちょっと暗いコーナーになっていました
改修のきっかけは
コロナ禍での洗い場の充実はもちろんですが
構造的に
コンクリートに体を擦りながら水を求めるしかない
小さい子どもたちの動きと
水の出方 …拡散するシャワーではなくて
流れ落ちる水の感触 の大切さを
丸国園長にお聴きしたから
浮かんだヒントは
清水寺の音羽の滝でした
それで こうなりました
自然の素材感覚を大切に
太い栗の木と ぽくぽくとした御影石(花崗岩)を使って作りました
子どもの姿を隠さず 周囲にもストレスを与えぬよう
5ヶ所の給水を 風化した遺跡のように柔らかく
ミニマムにしつらえました
床面積を5倍に広げて
0歳児室から外の水場や砂場まで
ハイハイでもスムーズに動けます
一筋の滝は
太い栗の木の中をくぐり抜けた水が
上から落ちて来るしかけで
子どもたちは自分で
手元のかわいいハンドルを使って
滝の水量を自由に調節できます
管理用のバルブも設置して それぞれの水圧も調整可能
出来上がってみると
昨年作った藤棚の下で
小さい子どもたちの露天風呂 大人の昼寝や
水圧をかけて滝修行?にも良さそうな
明るく愉快な遊び場になりました
今度はテラスの拭き掃除が忙しくなるかも…
子どもたちのいろんな様子を
たくさんブログに上げてくださいました
ありがとうございます
半年後の風景
* * *
〉〉〉 森と名栗の一本橋
さて もうひとつは 開園10年目を迎える
右京区の みつばち菜の花保育園です
かつては青々としていた芝生山も 事情により年長児にも開放したので
あっという間に ごらんの状態
あなたがこの子なら 何をして遊びますか?
もっと大胆に広く使って
ひとりひとりの状況に応じて
色んな遊びが浮かぶ庭にしましょう
ということになりました
左の0-1歳児の建物と土山とを ヒノキのぬれ縁で床との段差なしに接続し
造成した低い山々をつなぐのは 太い八角名栗の一本橋
橋は景観の要(かなめ)として 園庭全体に 自然な落ち着きと楽しさも演出します
栗との対話から生まれる伝統的京名栗 独特の素材感は心とカラダにもおすすめ (できるだけ はだしでね)
ただの止まり木やベンチ代わりでもいいし ジャンケン遊びでもいい
尺取虫になってみるのはどうかしら 遊び方は無限です
18ミリ厚アルミ板を加工した基礎で
橋の位置も変えられます
さらに 年長児用と年少児用それぞれに
登れる樹形の 太くて大きな樫の木を 2本用意しました
( 京都木村農園と仲西造園の知恵と力で搬入植栽できました 感謝です‼︎)
また 四季の変化や実を楽しめる中低木を増やして
疎密のメリハリをつけ 狭くひっそりと遊べる木陰も複数確保
眺めるだけでも楽しい緑のグラデーション
大きくなったコミカンの木を慎重に移動し
開園来 格好だけで使えなかった手洗い場も撤去して スペースを作り
年長用の綺麗な洗い場を新設 広くて使いやすく年少にも人気です
(この洗い場はタップルート岡村氏の設計 増田組の施工)
狭いと思っていた園庭は
ほんとはこんなに広かった⁉︎
新緑のアプローチ
* * *
ところで
植物にとってみると 園庭は
根元を踏み固められて根呼吸は困難になり 枝は折られ 未熟果はむしり取られ
草も生えないほど 不自然で過酷な現場です
優しい姿でも 彼らは必死にそこに立っているのです
木登りするなら1年後から
できるだけハダシでお願いします
保育園では登る頻度が激しくて
靴では樹皮が剥けてしまいます
木々が大切に愛されて
みつばち本園の銀杏や 西山園舎の大桑のように
人間の子どもたちの育ちを
受け止めてくれるような関係になることを
願うばかりです …
大桑の木を剪定すると
子どもたちは手に手にその枝をひろって
輪になって踊りだしました
「はっぱのおまつり」だって
アフリカにいるみたい!
炭窯とセメント袋:佐分利川 ― 2020年11月23日
佐分利川 (60歳)
釣り客の車が のんびりと前を通る度に
警棒にヘルメット姿の 屈強そうなガードマン達が
仁王立ちで一斉に睨みつける
異様な空気が怖い 関西電力 大飯原子力発電所
その福井県おおい町を東西に流れ 原発の海へとそそぐ
おだやかな風情の佐分利川
古くは鮭漁も行われていたという この川の上流の谷に
若狭で評判の 心優しい絵描きが住んでおられました
16歳から炭焼き 山仕事に田仕事
さらに31年間
雨の日も雪の日も続けた大飯郵便局の請負配達
保育園児や村の子どもたちの絵画指導もしながら
渡辺淳さんは 病床の義父を30年支え続けました
晩歌 (38歳)
コマーシャリズムに流されず
「画壇」の脚光を浴びる事も良しとせず
よく働き 地域の人々に慕われた彼は
故郷の山河を描き続け
3年前の夏 86年の生涯を閉じました
うつむく (19歳 セメント袋 )
若き日 広げたセメント袋の裏に
クレヨンと水彩で描いた絵は ほとんどカビと
ネズミの巣の材料となり
ボロボロにかじられながらも
かろうじて3枚ほど残っていたといいます
誰に教わった訳でもない
誰に見せる訳でもない
「ともかく描きたかった。
描いて、自分のみじめさ、哀しさを打ち消す
激しい何かを探したかった。」
( 渡辺淳「山椒庵日記」)
くさむらの譜 (46歳)
ボールペン マジック クレヨン 水彩 コンテ 油絵具
手に入るどんな画材を使って何に描こうが その深さに
私は 魂の日本画だと感じました
どこかの退屈な展覧会など 吹っ飛んでしまうほどの
伊太爺と窯 (34歳)
生きる場所も方法も画材も全く異なりますが
秋野不矩さんの絵にもどこか通じるような
温みのある視線を感じます
母なる自然やいのちへの 素直な祈りとおそれ
「この谷の土を食い この谷の風に吹かれて生きたい」
絵とは 自然の中で生まれる思想です
山椒庵と呼ぶ 佐分利谷の薄暗い画室を
美山町から不矩さんが訪ねて来られたこともあったようです
85年には京都で 不矩さん 水上勉さん 灰谷健次郎さん 田嶋征彦さんらと「土を喰う日々 五人展」を開催されたという記録もありました
「現代作家たちが忘れた 土の根にふれた
確かな画業を確立している」(水上勉)
佐分利川の月 (27歳)
印刷では表情も輝きも伝わりませんが
少しでも関心のある方には 是非本物を見て欲しいと思います
アフガンの土に沁みいる中村哲医師の笑顔のように
うつろな心を揺さぶる まぶしいほどの月の光を
( リンク先のポスターはpdfファイルです )
於 若州一滴文庫
( じゃくしゅういってきぶんこ )
JR小浜線若狭本郷駅より福鉄バス大飯中学校前下車3分
2021年1月25日まで
火曜休館 一般300円
中学生以下と70歳以上は無料
⚪︎ ⚪︎ ⚪︎
佐分利川の谷に生まれた水上勉さんが
渡辺淳さんの協力も得て
地域の子どもたちのためにと 故郷に私費で作られた
とても静かで居心地のいい大きな小屋です
彼が子どもたちに揃えてくださった素晴らしい絵本や貴重な出版物が驚くほどたくさんあって 誰でも座って閲覧できます
美味しいかけそば330円などの休憩所もあります
一つだけ欲を言えば とても広い庭のおとなしい植栽を
もっと元気で自然に もっとワクワクするものに挑戦して欲しかったけど
よく管理されており これはこれでいいのかもしれません
水上勉さん亡き後も 工夫して維持されている方々の努力に感謝しています
常設展示も充実しており
時間が許せばゆっくりと過ごしたい 大切な場所です
土と平和:美山町 ― 2020年05月31日
例年ならばこの時期
ポツン ポツンと現れる
ササユリの香りが ほんのりと漂っていた場所
美山町の里山で少し仕事をしました
墓と暮らしは 土と日の一字違い
生活が見える場所に家族のお墓もある
この国では
どこにでもある風景でした
Before
( 墓前に余裕が無くて足もとが危ない状態)
After
( 法面を整形し墓前を広げ、くつろげる場所に )
愛する者がそこに眠り
いずれそう遠くない将来自分も眠る
土と共に生き
また土に戻る
Before
After
土や、土留めに使ったクリ、ヒノキ、植栽したアセビ、 シキミ、水仙、苔、階段の石等はすべてこの山にあるもの
46億年を経たこの星に
最近現れたばかりの未熟な私達は
他の生物と同じ細胞で出来ているのだから
他の生物と同じように共生していけるはず
真実は 目に見えないけれど
幸せとは 生きる目的
消費することではなく 愛が伝わること
贅沢とは
近くでとれるものを使い
手間暇かけて持続する
面倒で ていねいな暮らしのこと
お墓は狭くて暗い場所ではなく
我が家でいちばん見晴らしが良くて
朝日の当たる さわやかな場所
木々の葉や 野の花々を揺らして
心地よい風が吹いています
イヌワシの山:北尾根 ― 2020年05月15日
この伊吹山から連なる北尾根を歩きました。
平穏に見える北尾根の美しい新緑ですが、場所によっては、とんでもない強風が間断なく吹き続け、何かに掴まって思い切り腰を低くしないと滑落しそうな、おっかなビックリの山行きでした。ナウシカの尾根か。
出会った人間といえば、スナフキンのようなご老人お一人様のみでした。岩だらけの急な下りを強風の中先行されてて、足元が大丈夫かなと心配していると、2本のピッケルを蟻の触角のように小刻みに使い、あれっ見えなくなった!と思ったら、私が探していた植物の傍にいつのまにか先着していて、静かに観察しておられました。すごい…
鹿から隠れるようにして、藪の中で生き残っていた一本の片栗(カタクリ)。
可愛い花だけに、名前の由来がどうもよくわからない、馬の足形(ウマノアシガタ)。
大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ)に負けず劣らずの命名か。
手前の低い花は、細葉の甘菜(ホソバノアマナ)、後ろは伊吹旗竿(イブキハタザオ)。
山芍薬(ヤマシャクヤク)の群生。
この花に会いたくて来ました。開花2日目には開き切ってしまいますので、慎重に日取りを見定めたつもりでした。今日しかない!と ハバかりつつ越境して参りましたが、木陰が濃いほど蕾も固く、3、4日早かったかな。
咲いていた!
木が倒れ日当たりは良過ぎるが、その幹に寄り添うようにして強風に懸命に耐えている。
盗掘や林道工事、森林伐採や杉の植林放任などで、極端に少なくなってしまいました。古来より熱さましの生薬、アイヌの薬草としても伝承されてきたボタン科の固有種。( Paeonia japonica )
その神秘的、宇宙的で気品に満ちた大輪は、見る人を謙虚でやさしい気持ちにします。
京都の山で見る花よりも、幾分黄色がかっているようです。
かつて、この花を山で初めて見た時の感動を、子ども達や保育士たちにも伝えたくて、20年かかって庭で根塊化した大株を、京都のみつばち保育園北園舎の庭を作った折に、カマツカやソヨゴ、シャクナゲなどと共に植栽しました。
しかし自分の思い入ればかりが強すぎたのか、もひとつ反応が得られず、そのうちに市街地の空気に馴染めず数年かかって絶えてしまったという、失敗の苦い思い出があります。花は与えられるものではなく、自ら求めてこそ響く ということか。
二輪草(ニリンソウ)と呼びますが、二輪同時には咲きません。
走野老(ハシリドコロ)はこの時期、普通に山に群生しています。⚪︎⚪︎ドコロ(野老)というのは芋や根塊のこと。薬にも使われますが、全草有毒につき要注意。触れた指で目をこすると瞳孔が開き、世界がとてもマブしくなるそうです。
富貴草(フッキソウ)の花は、明日にでも咲きそう。
伊吹周辺にはイヌワシ(Golden Eagle)のカップルが1組だけ住んでいます。
以前は2組いたそうですから、最後のカップルになるのかもしれません。
伊吹の豊かな自然の象徴であり、ヌシのような存在。
ふと空を見上げると、その二羽のイヌワシが、強風の中を翼を広げ、風上に向かってゆっくりと飛行している。
そのうちに一羽が、猛然と鉛直線を引く様に急降下し、山影に消えて見えなくなった。
ぽかんと呆気にとられて、見とれてしまった。
我にかえって、写真をと思った時には、2メートルの翼を広げたイヌワシがゴマのような点になっていました。
写真上空の真ん中にその一羽が、遠いシルエットになって写ってはいますが… 。
⚪︎ ⚪︎ ⚪︎
( 何人もの男達が、立派な機材で一年中「伊吹山のイヌワシ」を追って根気よく撮影を続けておられます。興味ある向きは検索してみてください。子熊を狙ったり、子鹿やウサギを掴んで飛ぶ姿も撮影されています。)




























































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